船上から......プロローグ......


風はとてもすがすがしく感じた。
今、自分がこうして船にいることが夢のような瞬間であったからである。
というのもこうしてツアーに行けるということは半年前から常に
意識していてそのハードルは半端なものではないと解っていたからです。
 しかし人間ある事柄を得るとさらに至福を求める性なのか

私は一つ物足りないことに気付いたのである。

 「同行者がいないこと」これは最初からどうしようもない問題であった。
この理由は簡単。私が単にダブっているものだから同会生においては
去年に卒業旅行なるものをすまして今では職についていると
いうことであった。ではその次の年代の人間はというと残念ながら
わがサイクリング部ツアー班は年々レースに乗っ取られるような
感じで衰退の意図を辿っているわけでして.........

 その年代の人は止めてしまったのです。

 おそらく本学で本格的ツアーをやる最後の人間だと思われます(苦笑)
しかしチャリダーについては全国規模で繁栄しているようなので
そこんとこは救いではあります。

 さて...夜中、夜の甲板に独りで話題にしていたのであります。
 もし今年の私の立場が去年だったとしたらどうなっていたのだろう?
誰かとツアーしていたのだろうか。
 もし今と同じ立場であるとすれば計画はやはりサロベツ/利尻礼文と
なったと考えられるのでありますが、その計画に誰かが同行した
のでしょうか?

 可能性的にY氏と同行することになったであろうことが予想できる
のですが、前回九州などで無計画さを露呈した私主催のツアーに
同行されるとは考えにくいのかもしれません。
 その分、黒いす氏はあまり文句を言うタイプではないのですが
しかしながら金銭面において私と正反対なくらい几帳面で私の
計画における金銭面において問題が出てこないかと考えました。
 なかしょう氏においてはあくまでも同氏と行く方面が一致した
場合に限られたかと思います、同氏においても2000年のツアーに
おいて道南を行っておられましたしおそらく同行とは行かなかった
のであろうかと考えられます。とすればYさんとのペアランが
最も有力で黒いす氏が最後ということで同行していたかもしれない
というのが私の考えでしょうか。
 いずれにせよ私もあまり多人数でツアーするのは好まないため
全員で行ったということは考えにくいです。

 独りツアーですが、今回は始めて本格的な物であったと思います。
98年の北海道についても合宿のあとで一時的にソロを体験しましたが
今回は時を同じくしてツアーをやっている人間もいませんし
ちょっと寂しい気がしました。
 しかし、当時とくらべてアウトドアの雰囲気もなれてきているのか
気分は楽でしたが。

 ただダブったことによる恩恵があることもたしかです。
2001年春における沖縄などはまさしくその例でして、
一概にも残念であったとは言い切れないのですが。
 2000年の夏のツアーについてはY氏は私に対して
けっこう誘ってきたのを覚えておりますが、皮肉にも
度重なる事情により共に出来なかったのは残念でした。
今年に入ってからはツアーの話はおろかメールすらまばらで
彼に対する情報はほとんどありません。

 そんなことをなつかしみながら最後の長期ツアーを
満喫しようと思いました。
 (短期ツアーについてはまだやるらしい(^^;。
御盆とかGWをねらいつつ.......)

 今回はITの影響なのか初の携帯電話による情報交換を導入した
ツアーでありました。であるからして独りでもけっこう強く意識する
ことはなかったと思います。
 この旅を始める以前、J−YAN氏というライダーの方と知り合いました。
というのもネットで新日本海フェリーのHPにて同じ日に同行する
とのことでメールでやり取りをするだけだったのですが、
船も同じだしまた新感覚を感じることが出来たと思います。
 もう一つは一言掲示板という掲示板を一時情報交換の場に使わせて
いただいたことで意志の疎通がしやすかったのではないかと
思います。またいろいろ会話していただいた方にも感謝して
おります。携帯によってどのような意志の伝達がなされるか
楽しみでもありましたね。

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