新歓コンパ:サイクリング部
ツアーエピソード
(数年絶ってから書いたもので記憶を辿って覚えているエピソードを並べてみました)
日記をつけていないツーリング、イベントにも興味深いエピソードがたくさんあるので
それらを思い付く度に記述しておこうと思います。
もし、参加者で何か知っておられる方がいましたらおもしろいエピソードを教えてください。
必要に応じて追加させていただきます。
97年:新歓合宿:(大東市→生駒市→木津町→笠置町→奈良市)
記念すべき最初の合宿。残念ながらほとんど覚えていない。というのも
誰が先輩で同回であるのかもサッパリであった。特に一日目同じ班であったなかお氏は
かくぞうをつんでいたのを覚えてはいるものの先輩のように感じた。
あと飛来氏についてもそうである。あの人はなんか雰囲気的に上回の雰囲気を感じた。
2日目の朝には彼に対して敬語で話していたくらいである。
しかしGWとはいえこのときの笠置の河原にはキャンプ客が多くテントを張る
場所などあるのかと思ってしまった。
実は笠置は昔、小学校の遠足(たしか2年生)のときに来たところであった。
あのつり橋をバスで渡ったのを覚えているし河原で石を拾ってそれを
落としてしまった覚えもある。何か昔来たところに久々に来たりするとすこし
ジーンと感じるものがあったりするのだ。
2日目は和束町へ行き今まではとある公園で昼缶をしていたそうですが、
何故か今年から有料になっていたそうなので急遽どこぞやの道ばたで食べることに
なったのですが.....。
はっきりいってこのとき上回の飯の炊き方は下手そのものであった。
というかそのときはこうなるもんだと思っていたのですが、後日自分等でコッフェルで
飯を食うときにあんな焦げ飯にするようなことはありませんでしたからね.....
最悪なのはそんな飯を食べないといけない我々下級生でしたが。
S氏はあろうべくよねしげ氏のとなりに座りそして説教を始めるのであった。
『おまえさんな!俺がこんだけ食っているんやからおまえさんも食え!』と強制していた。
残飯処理は我々下級生がするのであったがS氏はさらによねしげ氏に押し付けていた....
ここで思うのだがS氏は好きで食べているのをまるで残飯処理で活躍しているかのごとく
言っていたにすぎないと思う。がしかしこれが仇になって今後のツアーでの標的に
されたのは気の毒なのかもしれない。
この時の彼はあきらかに命令口調だった....ちなみにこのときの彼と私の関係には
あつい壁があり印象は近寄りがたい人物であったことは否めない。現に私も行きしの持ち物に
ついて説教を受けた。ちなみにこのときはチームSという関係も存在しておらず、お互いが
お互いをまだ認知すらしていなかったと思う。同回(?)のなかしょう氏や黒いす氏など
ほとんど眼中にないレベルであった.........
S氏の衝撃的なエピソードはこの合宿でいろいろあり、私はこのころそれらの
エピソードで一見近寄りがたく思っていました。
彼はこのとき明らかにしきりっぽい様子でありまして私に対しても厳しくあたっておりました。
それを深く印象づけた事件が、包丁事件.......
当時、先輩であったN氏にむけて包丁を向けて『包丁を持つと人を殺したくなるんですよ』...と
N氏は「あぶないぞ!」とか言っておりましたが、今となってはこの事件を起こした
S氏の心境は本人のみぞ知るということですね....。このときの彼の態度といい
この合宿について触れるということは不可能といえるでしょう。
その後飯をつくるときに中島氏に我々のテンションが低いのを指摘されて壮美氏を引き合いにだした。
「おまえらもなFみたいに明るくいけ」みたいなことを言われたのであろうか。
たしかにいけてない人が多かったこの1回.......というか私はK野、S氏、よねしげの3人以外は
このときほとんど認知していなかったのですがね.....。
誰が同回であるか人気させられたのは夜になってからでしょうか。
このイベントでもっとも代表的なものは2日目夜(?)に行ったキャンプファイヤー。
毎年恒例かどうかは謎であるが、1回の自己紹介ならぬサイコロトークが
行われたのです。いけてない人が多く、かなり寒かったと思います。
特にうにS氏の人生最大のピンチ....ですが、考えている間に10秒のカウントダウンで
催促され焦って言った言葉が風にあおられて〜といった物でした。
ちなみにその時は1回の両隣りに上回がすわることになっており私の周りには
久喜氏とキハラ氏でありまして、どちらが言ったのかあまり覚えていないものの
『あの人、就職できないわよね〜』といった痛い言葉を呟いていたのを聞いていました。
いずれにせよ、1回のトークに受ける物というのはなくどれも辛いあたりであった
ことを予想しますが.....ちなみに私が覚えていたのはよねしげ氏のクラブに入った
きっかけ(これは当たりでしょう)、黒いす氏の好きなタイプといったところで
あとの人のトークはまったく覚えてはいません。
ちなみに私は初恋という最悪クジを引いたのですが、もちろんそんなネタないので
もう運が悪いというしかなかったですね......ちなみに私の出身校、N高校が
同じであった辻井氏がこのクラブのOBとして来ていたのはびっくりしましたし
そのときの体育教師N井について盛り上がっていました(笑)。
がしかし後日、辻井氏の名前をふと忘れてしまっていて顰蹙を買ったのであります。
まあ、それが初対面の人の名前をできるだけ覚えようとする気持ちの現れでもありました。
さて、何故、辻井氏が私の出身校を知ったのかと言うと?
察するとおり自己紹介によるものなのですが、この自己紹介ってものがまた変な物でして
「ストーム!◯◯大学!◯◯学科◯回!性は◯◯名は◯◯」といったことを
かけ声とともに大声で紹介するというものなのですが、実はキャンプファイヤーのとき
やらされたというわけですね(^^;まあ大学のサークルにありがちな
伝統ってやつですかね。
この後は酒をのんだりしたのですが、始めて酔うということを初体験したのは
この時でしたね。笑い事じゃないんですけど......
ちなみにこの後、酒の席でひと波瀾ふた波瀾来ることを知るよしもありませんが。
笠置山というのは今こそほんの2、300mの小山といえるのですが、このときは
サイクリング専用のマウンテンバイク(普通のMTBより大きい)に慣れてはおらず
かなり苦労したのを覚えています。
しかも準備もまったくといってよいほどそろってはいませんでした。
借り物の自転車に普通のランリュックを背負い、借り物のジャージで....(実は
ジーンズで来てました)この時の班は中島さんが先頭で後ろにS氏そして私がついて
いたのを覚えています。そして後方には富岡さん。
S氏のこぎかたもかなり非経済的で慣れていないというよりもエネルギーの無駄使い
といった有り様でした。そのため中島さんにちぎられていたため、私も中島さんに
S氏が遅れたら言ってくれと催促されていたのですが、ちなみに富岡氏に私は
どこまでこの登り下りが続くのか訪ねていましたのでなんとなくこのときの
班構成を覚えていたんですけど(^^;
この後南下し、奈良公園にて昼缶をおこなってました。
このときは村原氏に叱咤された覚えがあります...それは缶詰をまわすのを
忘れていて「はよまわせ」といわれたことでしょうか。
まあ、最初の合宿で覚えているエピソードはこんなところでしょうか。
予想よりまあまあ覚えていたと言えるでしょう。
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