北海道合宿:サイクリング部 ツアーエピソード
(数年絶ってから書いたもので記憶を辿って覚えているエピソードを並べてみました)
日記をつけていないツーリング、イベントにも興味深いエピソードがたくさんあるので
それらを思い付く度に記述しておこうと思います。
もし、参加者で何か知っておられる方がいましたらおもしろいエピソードを教えてください。
必要に応じて追加させていただきます。


(北海道合宿での裏エピソード:98年8月)
表の日記に書いてない裏事情を追加しておこうと思います。

 初日ですが、フェリーターミナル前でアトミ氏が謎の女性を引き連れて
合宿に同行して欲しいと言ってきたのです。この女性はESCAの人で
関東のラリーとかで一緒だったらしいのですが、突然のことで驚きました。
もっと驚いたのは月形のキャンプ場でメシを作るときのずうずうしさ!
 やたら命令口調だし食事の用意をしているときににんじんはこう切るとか
たまねぎはどうするとかやたら口出しして来るんですよ〜
溶け込んでいるとかいう範囲じゃなくここまで来たらあつかましいことこの上なしです。
 もう周りは半分、苦笑い状態でした.........
 もう一つはのちに失意で止めることになるそね氏のことでしょうか。
このときはまだクラブ合宿の色が残されていて残飯は1回が食べることになっていました。
しかし悲しいかな同じ一回はそね一人だけ。同会のW田やM島はとうに止めてしまっていて
(M島については別記98年新歓迎合宿で書かれているが彼が参加したイベントはこれだけである)
残り飯をすべてそねが食べることになっていたのだ。
 当然、それは無理だろうけど誰も助けようとしないところが更に彼を痛め付けたのかもしれない。
アトミ氏がよねしげ氏に「おい〜Y。おまえ助けてやれよ」「そうよ〜」と謎の女もアトミ氏の
となりによりそってそう言っていたのだ。何なんだこの2人は!?
この異様な気配に上回も疑問を感じていたのではあるまいか?
 彼は申し訳なさそうにしていながら吐いていました。彼は何を考えていたのだろう.....
 そういった景色とは裏腹にもう一人もくもくと罰ゲームの4合飯を食べている人間がいた。
S氏である...S氏は何かと罰ゲームの標的にされやすくとくにアトミ氏にはいちゃもんをつけられ
4合飯を食べさせられていた。S氏はヘルメットを忘れたという理由で4合飯になったわけである。
他の人等はそんなことは別によかったのであるがアトミ氏が面白半分にS氏を陥れたということだろうか?
いずれにせよS氏はアトミ氏の言い分で4合飯を食わされるハメになったのである。
彼はこの異様な晩餐の中、端の方でもくもくと飯を食べ、4合飯を食べ切ったようであった。
しかしそんなことはこの状況によってかき消された......
やはりS氏は周りには『Sにとって4合飯は罰ゲームにならない』ということであろうか。

 ちなみに//テントの毛事件//というのがありまして、その夜アトミ氏と謎の女性が
同じテントで寝たらしく、次の日にテントにちじれた毛が落ちていたとの指摘を
この合宿の最終日の飲み会の席で飛来氏が指摘したというのですが、何なんですかねぇ〜
 最初、意味がわかりませんでしたが、アトミ氏と飛来氏との硬直のやりとりは
吹き出しそうになりました。
 後のうわさによるとアトミ氏はこの女性と結婚したと聞きましたがガセネタっぽいです。
ちなみに私がアトミ氏に最後に会ったのは2000年の2月でしたが.......

 8月16日の上富良野での出来事は偶然がかさなって起こったといえる。
この日は雨がきつく、なおかつ山道であったため走行に問題があったと思う。
しかもS氏のタイヤがパンクしたのだ.....S氏に思うのですが、合宿、ツアーでのS氏ネタは絶えない。
よくこれだけのエピソードを残したものだと思う。
 雨の中非常に困難なパンク修理をS氏はもくもくとやっていた。周りは見ているだけ......
「まだか〜」という先輩の声が......もはやネタ程度にしか思っていないかも。

 アトミ氏はこの上富良野で突然、単独行動を取りたいとのことで勝手に去っていった。
しかし合宿という行いをやっているとはいえ誰も呼び止めなかったのは皆、このアトミ氏に
立ち去って欲しいという願望があってのことであろう。事実彼が去って喜んだ人間は多かった。
このアトミ氏//ラリー金着服事件//で部員から集めたラリー金をすべて自分の金として
着服していたらしい...近大ラリーの場でそれが払われていないというのを聞いたときびっくりしました。
あと//パーカー金15000円疑惑//とか騒がれています。これは部員のパーカーをアトミ氏が
取り寄せることになっていてその金額を割り増し請求したのではないかという疑惑ですが
証拠がないのでどうしようもありませんでした。
 このパーカー。どう見ても安物で15000円というのは明らかにおかしいというわけです。
 誰なんだ!アトミ氏を会計にしたのは!!

 さて話は戻って....
いろいろな事情がかさなってこの日は目的地(たしか旭川)までいけないのでここ上富良野にて
一泊することになったのですが、なかなか良いところが見つからない。
 結局、ツアー至上最初のライダーハウスに止まることになったわけです。「ヒグマ」ってとこです。
まあここには変なおっさんがいまして様々な話をするのが好きみたいでした。
まあこの辺のことは表の日記で言ってますので書いてあること以外のことを書きましょう。
実は日記に書いたことなんかではおさまらないくらい様々な話を聴きました。
 まず、ここ上富良野は「北の国から」のロケに使われたことや宮沢りえが来たということ
それと自身が熊と格闘したということ.......んでそこで殺った熊をはく製として隣部屋で見せてもらったこと
あとここの食事のメニューには熊肉があるということ、メロン販売の宣伝....。
自身は過去に訪ねた客についてはしばらくは覚えているということ。
北海道のキャンプ場は本州から来る人が多いこと。流氷の凍での水割りはいけるということ。
キャンプ場利用者に対しての苦情、またそれによってキャンプ場が有料化していること。
 北海道のライダーハウスのボランティア精神。
 はっきりいってここまであげられるのは私くらいじゃないかなぁと思います。
なかしょうさんでもここまで話題を覚えてないでしょう.....
あと会員になれってとこですね....実は会員証なくしました(笑)多分、「ヒグマ」に行く機会は
もうないと思いますが.......
 そういえば比較的最後の話になった幽霊事件....あれはバイクで三国峠へ向かう道の途中
とある橋桁を走っているときに後ろからず〜んと重い感覚が背中をおおいふりむくと幽霊がいたと
いう話ですが、じつは昔その橋桁を作る作業員が事故でなくなったとかという話だったと
思います(多分ある程度記憶がねじまがっていると思う。情報求む)
 その話の途中にS氏の様子が落ち着かなくなり、「ねえ、もう明日も早いから行きませんか?」
と周りに催促しだしたのだ。あきらかに様子が変である。
 この後、納得したのであるがS氏は正直臆病であった。
この辺の迷信はあまり深く受け取らない方が吉である。
ちなみにS氏の幽霊嫌いのネタは99年//群馬町墓場事件//や利根川河川敷の//ベンチに座る影事件//で
再認識させられることにになる。それは別記紹介することにしよう。

 ライダーハウスヒグマ。
合宿中でなければもっと話を聞きたかったしもう少し楽しみたかった気がする。
いずれにせよ機会があればもう一度立ち寄ってみたい気持ちはあるのである。
 しかし、飛来氏や壮美氏が後に再度、「ヒグマ」を訪れるようなことを言ってましたが
はたして彼等は訪れたのであろうか?

 美瑛の丘を走っているとき始めて北海道らしさを感じることができた。
よく北海道の写真などである景色を拝むことが出来たからである.....合宿じゃなかったら
もっと奥地を探索しているだろうなぁと思いつつ走っていました。
 カメラも持ってなかったし残念です......この日の昼缶はどっかの学校のようなところだったと思う。
天気もよかったので、濡れたテントなどを広げてかわかしていた。
 キハラさんはなんと水道で髪を洗っていたので驚きました!さすがアウトドア。抜け目がない。
あとこの日の食行をしたときに印象にのこっているS氏のフトモモ.....ぱんぱんでした。
 夏合宿ということでイメチェンをしたのでしょうか.....それが裏目にでているようでしたね。
K山氏に『おまえ普段運動してへんからはれるんや』とつっこまれてしまい。
もちろんこの後、S氏が短パンをはいてツアーすることはなかった.........

 8月18日は層雲峡を渡り、三国峠をこえる日であった。このとき飛来氏がN島氏に
ライダーハウスヒグマのおっさんが言っていた橋桁の道へ行きたいと言ってましたが
N島氏のツアー班長としての特権がそれを却下しました。
『せっかくおっさんが言ってくれてたのに行かないんすか』
『がまんしてくれ飛来!』
 たしかこんな感じのやりとりがされてたと思うが、とにかくコースでひと悶着あったことはたしかだ。
結局、当初予定していたルートになり、フリーランという形式になりました。
よねしげ氏と私は明らかに上位狙いで力んでいてものの見事に飛来氏のマジックにはまり
自分のペースを見失って失速しました。だいとうしてきたのはなんとS氏!
 おそらく最高と思われるパフォーマンスで飛来氏と競り合い2位にくいこんだ。このときは
さすがにS氏の力を認めざるをえませんでしたね。そしてやる気次第だなぁとつくづく感じました。
 この日は頂上にたった喜びは薄かったですね.....
というのも昼缶のとき売店の店員に「駐車場に陣取るな」
といわれ撤収させられた痛い思い出があります。

 山を下ったあたりの糠平キャンプで一泊しました。このキャンプ場、変な虫がいてけっこうさされて
しまったのですがね......あと私が唯一最後の集会で『炊事場のごみがかたずけられていなかった』という
説教をした日でもあるんですが、誰もそんなエピソード覚えてはいないっすね。
 あとちょっと離れた場所にホテルがあってそこで日帰り入浴ができるとのことで行きましたね。
帰りは山の中のためか真っ暗やみの中でしたし.....

 まあ、N島さんの自転車転倒から始まっていろいろあったこの合宿ですが、
表の日記が思いのほか手薄なので追加させていただきました。
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