信州合宿:サイクリング部 ツアーエピソード
(数年絶ってから書いたもので記憶を辿って覚えているエピソードを並べてみました)
日記をつけていないツーリング、イベントにも興味深いエピソードがたくさんあるので
それらを思い付く度に記述しておこうと思います。
もし、参加者で何か知っておられる方がいましたらおもしろいエピソードを教えてください。


99年 夏  信州合宿『中編』(松本、志賀高原、草津、高崎等)

 さて、前半からごたごたがありまして、合宿終了かと思われたこの信州ですが
なんとか乗り越えました。トラブル続きで不安定であったもののようやく4日目にして
ようやく合宿として機能(!?)しそうです。
 さて、無事に乗り越えられるのか...........

 朝は比較的早くおきたと思う。というか駅寝は早くおきないと通勤客とかいろいろ来るので
のんびりなどしていられないのである。
 朝は駅で買ったパンでこれらをさっさとすまして7時前には上田公園にもどった。
 テントの方はまだ起きている者もいないような感じで比較的のんびりしているようだ。
 この日はいつ出発したのかわからないし走行中のエピソードもない。
あまり印象的なことはなく単に走っていただけだと思う。
 あとどこぞやの河原で休憩した日があったがそれは千曲川のことであろうか?それとも明日の志賀高原の
梺の川だったのか今一つ記憶がない。ただここで昼缶をし河原で遊んだことはおそらく間違いはない。
しかしながらやたら鮮明に覚えているのも謎である。自転車で河原までおりたことも知っている。
ちょっとすすきのような草があったかと思うが...............
長野市方面へ平凡な道路を走っているだけだった.....
ここで休んだ場所はおそらく長野市の運動公園だと思う。
いずれにせよけっこう大きな公園で広場やテニスコートなどがいくつもあった。
 その公園の比較的奥の芝生のあるスペースを選んだ。そこには丁度よい屋根付きの足場(?)があり
そこにテントをはったと思う(これって何なんでしょう。ちょっとした休憩所?コンクリートの足場が
あったんです)周りはあまり深く見ていないのでわからないのですが、となりにテニスコートがあり
広場自体もけっこう広かったと思うのであるが.........
 ちなみにこのとき東の方に今まで見たこともないような広大で高い山がシルエットとなって
立ちふさがっていたのである。なんなんだあれは....山か?いや山なんですけど遠近感がよくわからなく
なるような感じだったんです。いつも見ている近所の山って感じじゃなかったんで。
 飛来氏が公園でキャッチボールしているおじさんとそのことについて会話していました。
 晩はカレーをしたと思う、その屋根付きの足場で作っていたからだ....なつかしのかくぞうで。

 解散後は夜な夜なコンビニとか言った覚えがある。公園内は少し薄暗い感じであった。
それ以外はこれといってたいしたことはやっていない。
 寝るときはあいかわらず外で.....屋根の場所から少し離れた芝生の場所が
けっこう寝心地が良いと思いましたし。
 私以外も外で寝る人が多かったのでこの日はけっこう寝やすかったのではないでしょうか。
 このときS氏とロトの紋章なる漫画を描いている藤原カムイがエロ本を描いていたといううわさを
していましたが事実なんでしょうかね.....彼と後日、その古本屋に行ってみましたがありませんでしたし。
 そのうわさの中でロト紋がエロ本化説なる話にねじまがってきて、あげくのはてによねしげ氏が
ヤオのエロ話みたいなのを持ち上げてもう話が暴走モードに.......
 夜中になるとちょっとひえこんでいましたが、まあとくに問題なく寝れたと思う。
途中でテントに戻った人も何人かいた。

 5日目は先日に見えたとんでもないシルエットの山に挑戦!というわけですが、
この山々というのが北アルプスの志賀高原というわけです。なんと2000m以上。
ってこんな山、自転車で登って良いんかいな...ってつっこみたくなりますね。
 登って良いといえば前半で行ったビーナスライン。あれって自動車有料道路なんですけど(^^;
自転車って行って良いの?って普通あんなとっこ自転車でいかないからわからんのよ〜
 で、これから我々が行こうとしている道路は志賀草津道路(R292)で草津方面へ抜けている道です。
まあ、地図を参考にしていただければ我々がとんでもないことを
やらかそうとしているのは解っていただけると思います。
(一回生のとき行った蔵王山でさえ1800mなんすけど....ねぇ)
 出発まぎわでなんか突然大雨が降ってきてゴアストップをした覚えがあるのですが、一部の
人間はびしょぬれになりました(この情報はこの日だったのかわかりません。
ただどこかの公園のようなところでゴアストップをした記憶が断片的にあるのです)
 線路ぞいのちょっと狭い道をわたったあとちょっと狭い道で電信柱にて腕を擦りむきました。
 須坂市街の交差点のところですね......まあこんなこと誰も知らんと思いますけど。やや流血.......
ここらでシグにガソリンを入れてもらうために一時ストップしたかと思います。
 そのときのシグ係はたしか私であった気が.....あとS氏ね。

 その後あとは403号線をひたすら北上し、292号線との分岐点に辿り着いた。
そこはちょっと高架のようになっていたと思う。そこで一旦休憩し、全員が集まったところで
フリーラン開始となったかと思う。みな最初はゆったり入っている様子であった。
 途中にコンビニがあったのでここでコンビニ飯を食う人が多かった(ほとんどの人)
その他、途中にあった道の駅などで一服する人もいたと思う。この辺はまだ山という感覚は
なかったものの傾斜はけっこう急だったと思う。ただ眼前にはとてつもなく高い丘が見えて
いるためあれを超えるのかと思っていた。
 292号線に突入してしばらくは売店やマーケットなどがありにぎやかな様子であったが
しだいに山の中へと突入していった。あまりスタートから飛ばす人はおらずひと固まりに
なっている人が多かったと思う。やはりこの未知なる山にみな警戒していたのであろう。
 私は前半はほとんどドベで、テールの岡本にあおられていた。最初ゆっくりであとで
差すという私のペースであったが、ある意味岡本にペースを乱されていた......
 たまらなかったので、前にいたS氏となかしょう氏をかわして彼等を岡本のターゲットとしておいて
もう一度自分のペースを作りなおしました。
 その後は特に誰と会うこともなく一人だったと思います。
 しかしこの道路ものすごい作りになっていて、山と山の間にとてつもなく高い高架によって
道を繋いでいたりとある意味、建設に金がかかったんじゃないかと思ったほどです。
しかもジェットコースターのような螺旋構造になっていてものすごくダイナミックでありました。
まさしくうねるように登っていくといったイメージが高いでしょうか。
 途中でそのとてつもなく高い高架下から下の景色を見ると、はるか下に山々があったので
高所恐怖症でなくとも手足がすくんでくるようなそんな眺めでしたね。
 中盤からほとんど人に会うこともなく終止、山の中を走っていましたが、途中からどしゃぶりが
発生しゴアを着る暇もなくびしょぬれに...山登りでバテている中、これはちょっとダメージでしたね。
 雨が上がるとやや霧っぽくなってきてやや肌寒い感じでした。やはり高山となると
下界との気温差が出てくるのでしょうか。
 途中の琵琶池あたりまで来ると少し傾斜は緩やかになってきたと思います。
大体1000mを超えたあたりで周りを囲んでいた木々が減少し、草原と高山植物になってくるのは
どこも同じだと感じました。琵琶池は池というよりも湿地のようなイメージがあり
霧雨の中、どことなく幻想的な風景であったと思います。
 このあたりから1500mを超えていましたのでスキーリフトやロッジなどが目立ち始め
またしても賑やかになってきたように思います。いつもならこの辺で開けた風景を拝むことが
できるのですが、まだ全然高地でないらしく草原が広がっていました。
 フリーランの目標地は木戸池キャンプ場とのことですが、それらしきキャンプ場は
なかなか見つからず、それらしき場所についても苦戦しておりました。看板を見ても
ホテルやロッジの案内ばかりで、さっぱりわかりません。そこで飛来氏と合流して探したり
したのですが.....。しかし、道端にそれっぽい敷地がありましたが、もしや???
 でも、これ以外にがいとうするのはありませんし.......大体ここって炊事場どころか
単なる草むらじゃないの〜って感じなのだ。ただ、他に若干テントがあったようでどうやら
ここらしいということになり、後続を待つことにした。

 このキャンプ場の全容はよくわからないので情報が欲しいところです。
ただ私の印象では道端の草原をそのままで周りをかこっただけのものに思えたのですが......
おそらく水道はあったと思うのですが.....自転車を立て掛けたあたりに何かあったような
気がするのです。しかしながら、キャンプ場として整備されているという様子はありませんでした。
どっちにせよキャンプ場というよりも荒れ地といった方が良いのかもしれません。
 晩は何を食べたのかよく覚えていません。ただ作れたということは水道があったと
思うのですが、そのあたりはあまり記憶にはありません。
 ちなみに附近のホテルでは木戸池温泉なる日帰り入浴があるため行きました。
そこはけっこう居心地がよかったのでロビーで時間を持て余していたと思う。
お土産のコーナーなども見ていました。
 外に出たときに驚くべき景色を目の当たりにすることに...........
 東北で見たときの星空をはるかに凌ぐ大銀河が広がっていたのです。
東北のときもかなりすごい星空でしたが、今度のは天然プラネタリウムとでも言うのでしょうか?
プラネタリウムで見るような感覚がそのままあると表現すべきなのでしょうか。
そう言い表すことしか出来ないようなすごい事になっておったのです。
 つーか日本でもこれほどまでの星空を拝めるところがあったなんて思ってもいませんでした。
10等星くらいまで見えていたのでは??星のまたたきまでしっかり確認できましたからね。
 たとえば北斗七星は大概ひしゃくの部分しか見えないのですが、全体までしっかり見えましたし
岡本いわく『こんな体験はそうそう出来るものではない』...というのもわかる気がする。
というかおそらく一生ないような気がします。としか言いあらわせません。
残念ながら見たものでしか味わえない感覚ですね。そう...実際ここまで「自転車」で登ってきた者でしか。
同じ景色を見るのでも車でサーっときた人にはこれほどの感動はないと思います。
そういった意味では我々は有数の体験をしたと言えるのではないでしょうか。
 後日、北海道ツアーでなかしょう氏にかいおう台で星を見たいと言われるわけですが
そのこだわりの意味がよくわからなかったりする......たとえどこであれ天候と条件があえば
美しい景色が見られるわけだから、観光地にこだわることはなかろう。そもそも美しい星空と
いう意味ではこのときの志賀高原で十分満足しているのだから。

 ちなみにこのキャンプ場、前に言ったとおりまだ山の頂きではありません。
まだ1500mくらいでしょうか..........明日、また登ります。
 このような高山で夜を過ごすのは九重ツアー以来で、夏とはいってもそうとう冷え込みました。
 星空を眺めながら寝るのもそう悪くはないと思ってはみたもののさすがに寒すぎて無理でした。

 5日目.....天候は快晴で、ツーリング日よりで何よりでした。
しばらくはゆるやかな坂であったもののすぐに激アップの登山道となり草原と高山植物の
荒れた丘をひたすら登っていきました。(このときのフリーランは耐久ラン記録の志賀高原GRにて
着順を記録しています)このとき飛来とひらの、そして桃井がTシャツを脱いで上半身裸で
本気モードになっていた。(1回二人。もっとこのやる気を耐久ランで示してほしかった)
 こうなってはもはやこの3人に適う人間はいないであろう........
 壮美氏も吠えながらがんばっていたものの失速......私も前方にいるよねしげ氏を最後まで
追っていたが残念ながらいたちごっこで追いつけませんでした。
 さらにその前には黒いす氏がいたくらいだから、ハマると強いですねぇ。
前に行かすとなかなか抜かせないんですよ〜
 ゴールにはちょっとしたロッジがありまして売店などがありました。なんかてっぺんへ行く
リフトなんかもあったと思います。向こう側にも売店らしき建物がありましたが。
 ちなみにゴールというのは渋峠(2172m)で北アルプスの道路最高峰(?)であった。
日本で畳平(2700m)というとてつもない高地があるが.............あれは別格。
やっぱりどこの山にせよ頂きにたったときはそう快感を感じますね。
 上位はほとんど差はありませんでしたが、壮美氏以下はそうとう時間がたってきたようです。
 もう上位はくつろぎモードになっていました。この辺...飛来がコウリだったら出発!
になってたかも....。ここでは写真とったり売店で一服したりとけっこう時間食った覚えがあるが。
 スタンプをツーリングマップ(何故か)におしました。
 この渋峠は頂上ながらふっきらぼうな丘というわけではなく人工的に作られた岩場などが
整備されており頂上としては少し異様な景色であったと言える。
 建物だけが建っているのではなく周りも整備されているというのか....庭っぽくなっていました。
 そこでジュースなどを飲んだりした以外は大したことはしてはいなかったように思います。

 下りですが、今までよりも高さがちがうので、下りもかなり壮快なものでした。
それよりももっと驚くべきことは景色の広大さですね。はるか下の方まで見ることが出来ましたし、
あらためて見晴らしの良い景色に出会えたことは嬉しかったですね。
 私の班のコウリは飛来氏で一度写真ストップをしたぐらいです。ちょっとした展望所で。
 テールは岡本氏でした。何故覚えているかというと私の坂のおりかたが下手だとか......
ちょっと挙動不振はいっているらしい。さらにこのときあの変態ヘルメット(レースヘルメット
ではなく単なる工事用のやつ)をかぶっていたのでよけいブサイクだったと思う。
昼缶でとまった白根山の火口湖附近はまさしくダイナミックで圧巻の景色であった。
いったん丘がしずみこんでいて再度隆起している広大な丘であったと思います。
 この景色の中で昼缶をしました。にしても運動した後の飯ってなんでこんなにうまいんですかねぇ。
しかも缶詰をまわしてそれを御飯にのっけて食べる。それがまた醍醐味なんですよ。
マヨネーズつけたりあずきとかもうなんでもありって感じですから......
 普段ならこんなまずい飯は食えんです。旅だからこそおいしくいただけるんだろうなぁ。
 しかもこのときの景色は壮快であったためより開放的になったというかなんというか.....

 さてこの開放的な景色をしばらく堪能した後、再度下りました。
ただまだダウンヒルとはいかずしばらくゆるやかな登り下りがあったあと
ゆったりとした下りがしばらく続いていました。この間の景色はすばらしかったです。
しばらく下っていると周りは木々が多くなってきて突然きゅうこうばいへ............
 ぐねぐねとした道を猛スピードでひたすらおりていきましたが、なんせ先頭が飛来氏であったため
このスピードについていくのが困難でした......もう事故りそうって感じで。
そういえば蔵王のときもアトミ氏だったしまったくタイミングが悪いというかなんというか。
 そういえば降りている途中で誰か事故ったとか......誰だったか忘れましたけど。
多分S氏じゃないでしょうか.......S氏って以前からタイヤがヤバいのに修理すらしてませんでしたし。
S氏はたしかこの辺でパンクしたと思います。そして修理を.........
そういうわけで道の駅六合まで一気に下りました。
 この道の駅って一見ただの売店です....マジで。木の小屋でできていてちょっとした雑貨屋
みたいなイメージでした。あきらかにあとで無理矢理道の駅として取り上げたと思われます。
 ここでみな一服したと思う。しかしこのあたりはまだ山の中というイメージがありました。
 長野原附近から交通量が多くなってきてもう自転車で走行不可能なぐらいせまい中を
走りつづけました。歩道も整備がまったくされてなく中には泥まみれの道もあったくらいです。
そんな中自転車をおして歩くところもあったりと行きにくいこの上なし!

 このあとちょっと広い道の中でどっか道の駅のようなところで止まった気がするんです。
そこのエピソードはほとんど断片的でこの日のことかどうかさだかではないのですが。
その建物は2階立てでけっこうひろかったです。
 自転車を止めたのは西側の端の倉庫のような建物にみな立て掛けていたと思います。

 ちなみに食購をしたのは吾妻町のスーパーであったことはよく覚えています。
たしかこのとき調子が悪かったS氏のチャリがとうとう悲鳴をあげていたらしく、この辺で
輪行となったようだ。もしくはもっと前の駅から輪行していたのか........
 どうでも良いがS氏のチャリはほっといたら良いとかケチるなどというレベルではなく
明らかにこんな装備で走らせること事体に問題があるというソレであった。
 パンクよりももっと問題なのが、タイヤの支柱が折れ曲がっていたりない部分もあるのだ。
ってこんなんで志賀高原なんて走るなよ〜って感じでした。
 Sさんが事故ったら全体としても問題なんだからもっとそこら辺考えてほしかった。

 信州合宿はよく覚えている分野であるにもかかわらず、この5日目だけはあいまいな部分が
あるので間違えていた場合は指摘して欲しい。(それでもかなり鮮明なんですが)
 この日の謎が、岡本の行方である.....何故か145号線に入ったときにテールがなかしょう氏に
なっていたのだ.....班変更したのか?それとも........
ちなみにこのときは飛来→ひらの→私→なかしょうの班構成になっていた。たしかに....
 この辺で信州合宿の中編を切り上げるとします...........つづく
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